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漢詩四コマ劇場

漢詩(中国古典詩)を四コマ漫画で描いた作品を、200本以上掲載しています。

「己亥雑詩 其百二十五」龔自珍



九州生気恃風雷
万馬斉瘖究可哀
我薦天公重抖擻
不拘一格降人材

龔自珍(きょうじちん)の代表作、「己亥雑詩」三百十五首のうち、名高い其百二十五。1839年、すなわちアヘン戦争の前年の作。
この詩は、道教の玉皇と風神・雷神を祭っている所で、道士に祝詞を作るよう頼まれた、との文がついています。
祖国の危機に対する、祈りが感じられます…。
かの毛沢東が、この詩を読んで、感動したという話も残ります。
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「雑詩己卯自春徂夏在京師作得十有四首 其三」龔自珍



情多処処在悲歓
何必滄桑始浩歎
昨過城西曬書地
蠹魚無数訊平安

清の龔自珍(きょうじちん)(1792-1841)作。

「意有所得雑書数絶句」袁枚



莫説光陰去不還
少年情景在詩篇
燈痕酒影春宵夢
一度謳吟一宛然

清の袁枚(えんばい)(1716−1796)作。

「答人」太上隠者



偶来松樹下
高枕石頭眠
山中無暦日
寒尽不知年

「唐詩選」に載っています。山で隠者が人に尋ねられて、この詩を言い残して去っていった…というエピソードつき。
石頭に眠る…というのは、絵では石の上に寝てますが、よく聞くように、石を枕代わりに、地面に眠っているのかもしれません(後で描き直すかも)。

「題都城南荘」崔護



去年今日此門中
人面桃花相映紅
人名祇今何処去
桃花依旧笑春風

中唐の、崔護「題都城南荘」。
この詩には、フィクションかノンフィクションかは分かりませんが、物語があるそうで…。
作者の青年が、都の南で一軒の家で若い女性に水をもらい、一年後に再び家を訪ねると女性の姿はなかったので、門にこの詩を書いて立ち去った。
数日後、青年が行くと、この家でお葬式があり、女性は、1年前から物思いにふけっていたが、書き付けられた詩を見たとたん、恋の病なのか、床についてしまい、すぐに亡くなってしまったという…。
月や花は変わらないのに人は変わっていく…というのは、よく見かけますね…。

「懶起吟」邵雍



半記不記夢覚後
似愁無愁情倦時
擁衾側臥未欲起
簾外落花撩乱飛

北宋の、邵雍(しょうよう)(1011−1077)作。
最後の舞う落花は、春眠暁を覚えず…の詩を下敷きにしているのかもしれませんが、それよりも、よりいっそう、布団から出られない度が増しています。
非常に共感できる詩です。

「探春」戴益



尽日尋春不見春
芒蹊踏遍隴頭雲
帰来適過梅花下
春在枝頭已十分

春をたずねてあちこち探し回り、結局、我が家の庭の、梅の木に見つける…。
なんだか、童話の「青い鳥」のような詩です。

「鍾山即事」王安石



澗水無声繞竹流
竹西花草弄春柔
茅檐相対坐終日
一鳥不鳴山更幽

北宋の王安石(おうあんせき)(1021−1086)作。

「尋胡隠君」高啓



渡水復渡水
看花還看花
春風江上路
不覚到君家

明の高啓(こうけい)(1336−1374)作。
春に隠者を訪ねる。

「秋夜月」劉基



秋夜月
黄金波
照人哭
照人歌
人歌人哭月長好
月欠月円人自老

明の劉基(りゅうき)(1311−1375)作。
明を建国した朱元璋の臣として、明の建国を助けた人物。

※『中国名詩集』(松浦友久著・朝日文庫)を、大いに参考にしました。

「偶成」朱熹?



少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覚池塘春草夢
階前梧葉已秋声

南宋の朱熹(しゅき)(1130−1200)作。

……と、日本では長く言われてきましたが、平成に入って、日本の五山文学の作品、という説が有力になっているのだそうです。
参考:ウィキペディア「少年老いやすく学なりがたし」

「沈園」陸游



城上斜陽画角哀    
沈園非復旧池台  
傷心橋下春波緑
曽是驚鴻照影来

南宋を代表する詩人、陸游(りくゆう)(1125−1210)の作。
かつて陸游は20歳の時に唐氏と結婚し、夫婦仲もよかったのですが、母親が嫁を気に入らずに離縁させられてしまい、お互い再婚します。
そして、31歳の時に、沈園(沈氏の庭園)で偶然にも彼女に再会。
その後、唐氏は若くして世を去ったのですが、陸游は75歳になっても、彼女の事が忘れられず、昔を思い出し、詩を作るのです…。

「中秋月」蘇軾



暮雲収尽溢清寒
銀漢無声転玉盤
此生此夜不長好
明月明年何処看

北宋の蘇軾(そしょく)(1036−1101)作。
明月に想う。

「飲湖上初晴後雨」蘇軾



水光瀲灔晴方好
山色空濛雨亦奇
欲把西湖比西子
淡粧濃抹総相宜

北宋の大詩人、蘇軾(そしょく)作。
西施(せいし)は、春秋時代の絶世の美女。西湖にて舟遊びをして、始めは晴れていたのに、途中で雨に降られた時の様子を風流に歌う。

「春夜」蘇軾



春宵一刻直千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈

北宋の大詩人、蘇軾(そしょく)(1036−1101)作。
「春宵一刻直千金」は、大変有名なフレーズ。一刻は、わずか約15分ほどの時間のようです。
楼台も、ブランコも、昼間は大変にぎやかで華やかだった…と想像され、ひっそりした中に、なんとなく、その余韻が残っているような感じでしょうか。

「襄邑道中」陳与義



飛花両岸照船紅
百里楡堤半日風
臥看満天雲不動
不知雲与我倶東

南宋の陳与義(ちんよぎ)(1090−1138)作。
おだやかな船旅の風景。

「花下酔」李商隠



尋芳不覚酔流霞
倚樹沈眠日已斜
客散酒醒深夜後
更持紅燭賞残花

李商隠(りしょういん)(812?−858?)作。

「哭花」韓偓



曾愁香結破顔遅
今見妖紅委地時
若是有情争不哭
夜来風雨葬西施

韓偓(かんあく)(844−923)作。

「清明」杜牧



清明時節雨紛紛
路上行人欲断魂
借問酒家何処有
牧童遙指杏花村

杜牧(とぼく)(803−853)作。
美しい春の清明節なのに、憂鬱な雨…。牧童が指さす村は、もしかしたら別世界。

「己亥歳」曹松



沢国江山入戦図
生民何計楽樵蘇
憑君莫話封侯事
一将功成万骨枯

曹松(そうしょう)(830?−901)作。
「一将功成りて万骨枯る」は、すさまじい名フレーズです…。

「遣懐」杜牧



落魄江湖載酒行
楚腰繊細掌中軽
十年一覚揚州夢
贏得青楼薄倖名

杜牧(とぼく)(803−853)作。
華やかだった青春時代をほろ苦く回想する。

「隴西行」陳陶



誓掃匈奴不顧身
五千貂錦喪胡塵
可憐無定河辺骨
猶是春閨夢裏人

陳陶(ちんとう)(804?−874?)作。
戦場に散らばった骨は、故郷で若い妻が夢に見ている愛しい夫。

「勧酒」于武陵

 

勧君金屈卮
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離

于武陵(うぶりょう)(810−?)作。
井伏鱒二氏の、見事な名訳を引用させていただきます。
「サヨナラ」ダケガ人生ダ。

「山行」杜牧



遠上寒山石径斜
白雲生処有人家
停車坐愛楓林晩
霜葉紅於二月花

杜牧(とぼく)(803−852)作。
秋の紅葉した葉は、春の花よりも紅い…。
色彩のない前半と、紅が鮮やかな後半の対比。
「車」は、絵では馬車を描いていますが、人力車や、人がかつぐ籠のようなもの、というご意見も頂きました。その方が山が険しそうですね。

「江村即事」司空曙



罷釣帰来不繋船
江村月落正堪眠
縦然一夜風吹去
只在蘆花浅水辺

司空曙(しくうしょ)(740−790?)作。

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